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お知らせ

月刊専門誌「運転管理」8月号(モビリティ文化出版(株))の『判例研究』を執筆しました(担当者:魚谷隆英弁護士)。
2004-08-10
月刊専門誌「運転管理」8月号『判例研究』(担当者:魚谷隆英弁護士)
今回は、先月号の判例紹介に引き続き、車両の「時価」と「経済的全損」の関係につき、興味深い裁判例を取り上げます。この判決では、「経済的全損」の場合に「車両修理費」と比較されるべきものは、車両の「時価」に加えて、事故による損害と認められる車検費用や車両購入費用等の「買換諸費用」を含めた全額であるとの判断が示されています(東京地裁平成14年9月9日判決。交通民集35巻6号1780頁。以下では、説明の都合上、事案を簡略化しています)。

(事故の概要)
事故の内容は、以下のようなものでした。
●日時●平成13年2月12日午後3時ころ
●場所●横浜市青葉区市道上
●加害車両●A車(普通乗用自動車):運転者A
●被害車両●B車(普通乗用自動車):運転者B
●態様●信号機による交通整理の行われていない交差点において、一時停止規制のある道路を走行していたA車が交差点に進入したところ、左方向から走行してきたB車と衝突した。
●過失割合●本件事故については、一時停止規制のない道路をA車の左側から直進進行していたB車の優先性が明らかな事案であり、B車:A車=1:9の過失割合について当事者間に争いがありませんでした。

(何が問題か-経済的全損の意味)
いわゆる「経済的全損」とは物理的・技術的には修理が可能でも「車両時価額(車両の市場価格)」を「修理費額」が大きく超えるため、経済的には修理を行うことが損害賠償の観点で不相当とされる場合に「車両時価額」を損害の限度額とする考え方です。
本件では「車両時価額」(約38~44万円)を「修理費」(約63万円)が上回るものの、この「車両時価額」に「買換諸費用」などの費用を上乗せすると「修理費」の方が低額となる可能性があったため、「経済的全損」を判定する際に「修理費」と比較されるのは「車両時価額」だけなのか、その他の「買換諸費用」などの費用も加算した上で、「修理費」と価額を比較するのかが問題となりました。

(両者の主張)
被害者であるB(なお、この訴訟はB自身による本人訴訟でした)は、経済的全損とは「車両時価額、買換諸費用、車検費用等の合計額が、修理費用を著しく上回る場合である」と主張したのに対し、加害者であるA車側はあくまでも「車両時価額」そのものと「修理費」の額を比較すべきであると主張しました。
B側の主張の理由は、経済的全損と評価された場合に出費を最小限度に抑えるためには、速やかに被害車両を抹消登録して廃棄処分し買い換えるしか方法がなく、その際には車検残が無駄になったり、解体費用や抹消登録料が必要になったりするのだから、買換諸費用も加算・考慮すべきだというものです。

(裁判所の判断)
裁判所は、次のとおり、ほぼB側の主張を認めた上で、ただし、本件では車両時価額に買換諸費用等の費用を加算しても修理費を超えることはないから、B車の損害は「車両時価額+買換諸費用等の費用」であるとしました。
すなわち「損害賠償制度の目的が,被害者の経済状態を被害を受ける前の状態に回復することにあり、被害者が事故によって利得する結果となることは許されない」が、「車両が全損と評価される場合には、被害者は被害車両を修理して再び使用することは出来ず、元の利益状態を回復するには同種同等の車両を購入するほかない」ことなどからすると「いわゆる経済的全損か否かの判断に当たって、修理費の額と比較すべき全損前提の賠償額は、車両時価額のみに限定すべき理由はなく、これに加えて(中略)車検費用や車両購入諸費用等を含めた金額であると解すべき」であると判断されました。
ただし、本件では「車両時価額」(裁判所は38万円と認定)に「残存車検費用」3万4030円,「車両買換諸費用」4万9925円,「解体抹消登録費用」1万6380円を加算してもその合計額49万9335円が「修理費」(約63万円)を超えることはないとして、上記合計額の限度で請求が認められました。

(本判決の意義-時価額の争いの難しさ)
一般に保険会社の査定や弁護士といった損害賠償の専門家は、「修理費」と「車両時価額」を比較して「経済的全損」に当たるか否か判断していますが、理論上は本判決が指摘するようにその他の諸費用の合計額との比較をすべきものと考えられます。上記専門家の実務上の取扱は、経済的全損と取扱われている事例の多くは、本判決の結論からも明らかなように、たとえ諸費用を加算したとしても修理費を超える損害額になることがないという、査定実務上の合理性に基づくものです。
したがって、本件で争われたような経済的全損かどうかについては、右に引用した本判決の判決文の前提として、依然として車両時価額をどう判断するかという点で決着がつくことが多いと思われます。本件判決も最終的には争いのあったB車の時価額を38万円と認定しており、この段階で勝負が決まった感があります。B側では、インターネットや中古車情報を利用して自己の車両時価額を立証しようとしたようですが、裁判所には受け入れられず、車両時価額の認定の難しさが現れた事案と評価できると思われます。

以上

「運転管理」平成16年8月号より掲載。但し、表現が一部異なる部分があります。
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