本文へ移動

お知らせ

月刊専門誌「運転管理」10月号(モビリティ文化出版(株))の『判例研究』を執筆しました(担当者:大野澄子弁護士)。
2004-10-10
月刊専門誌「運転管理」10月号『判例研究』(担当者:大野澄子弁護士)
今回は、交通事故で死亡した22歳の女性の逸失利益をどのように算定すべきかが問題となったケースを取り上げます(横浜地裁平成14年9月13日判決、自動車保険ジャーナル第1483号22頁)

(事故の概要)
事故の内容は、次のようなものでした。
●日時●平成12年9月10日午前9時ころ
●場所●横浜市緑区市道上
●被害車両●A車(原動付自転車): 運転者A(22歳女性、ホテル勤務)
●加害車両●B車(普通乗用自動車): 運転者B
●態様●A車が優先道路交差点を直進していたところ、B車が一時停止規制のある右方道路より進入して来たため両車は衝突し、受傷したAは硬膜外血腫等により五日後に死亡しました。
●過失割合●本件事故については、A車が優先道路を進行中であったこと、Bの一時不停止、安全確認懈怠の事実が認められることから、裁判所は、A:B=5:95の過失割合を認定しました。

(逸失利益の算定-基礎となる収入とは?)
交通事故等不法行為による人身損害賠償額の算定においては、治療費等の積極損害や精神的な苦痛に対する慰謝料と共に、事故による生命・身体侵害がなければ労働により得られたであろう利益、すなわち逸失利益が大きな柱となります。具体的な逸失利益の算定は、死亡の場合には、就労可能年齢(67歳)までの間に得られたはずの収入に生活費や中間利息を控除して算定されることになります。そのため、算定の基礎となる収入をどのように認定するかが大きな問題となります。この点、被害者が既に働いている場合には、実収入や年齢を考慮して決めることができます。しかし、被害者が未就労者である場合にはもちろん、就労者であっても年齢が若い場合には(事故当時の収入を逸失利益算定の基礎に置くことは、昇給昇格の可能性や将来の発展可能性が全く考慮されないこととなり不合理であるため)、逸失利益算定の基礎収入に、被害者の性別に応じた統計資料(男女別の賃金センサス)を用いるのが一般的な裁判実務です。しかし、賃金センサスに示されている男女の平均収入には大きな格差があるため、逸失利益算定額も男女間に大きな格差が生じることになり、若年者を性別で差別することにならないか、不公平、不平等ではないかという、逸失利益の男女間格差の問題が近年クローズアップされています。
本件においては、被害者のAは、高校卒業後、ホテルに勤務していた22歳の独身女性でであり、また勤務先のホテルでは男女に区別なく能力次第で昇給昇格がなされていたことから、Aの遺族である原告は、逸失利益の算定につき高卒男性労働者と女性労働者の平均収入の中間値(〔男性平均収入+女性平均収入〕÷2)を用いるべきだと主張しました。

(裁判所の判断)
裁判所は、次のとおり、原告の主張を退け、高卒女子労働者の全年齢平均収入を基礎として、逸失利益を算定すべきであると判断しました。
すなわち、「今後45年間という極めて長期にわたる将来の収入を予測する場合には、できるだけ広範な調査に基づく統計資料を利用するのが望ましく」、またその場合、「統計資料において男性労働者と女性労働者の平均収入に有意差がある場合には、女性労働者については、特段の事情のない限り、女性労働者に関する統計資料を用いるのが相当というべき」とした上で、「Aが本件事故当時勤めていた職場において男女に昇給昇格の格差がないからといって、それだけで直ちにAの将来の収入算定につき女性労働者に関する統計資料を用いず男性労働者と女性労働者の収入の中間値を用いるべき特段の事情があるとは」いえないと判断しました。
したがって、Aの死亡逸失利益は、高卒女性労働者の全年齢平均収入を基礎に生活費(30%)と中間利息を控除して算定された、約4000万円であると認定されました。

(逸失利益の男女間格差の問題の展望)
逸失利益の男女間格差の問題については、逸失利益は生命自体の価値を評価・算定したものではなく、被害者が労働市場においてどれだけ収入を得る蓋然性があったかを基準に算定するものであり、実際の労働市場において男女間格差が存在する以上はそれが逸失利益に反映されてもやむを得ないとするのが、従来からの裁判実務です。本件における裁判所の判断も基本的には従来の立場に立つものと考えられますが、「特段の事情」が認められる場合には、格差の少ない男女の平均収入の中間値による算定も可能であることを同時に示しています。
なお、逸失利益の男女間格差の問題については、①年少女子につき全労働者の全年齢平均収入を逸失利益算定の基礎にすべきとした裁判例もありますが(東京高裁平成13年8月20日判決等)、②年少女子につき男女の平均収入の中間値や、全労働者平均収入を用いたとしても、年少男子について同じ基準を用いた場合の問題(従来、年少男子の逸失利益は男子の平均収入を基礎としていたため、男女の平均値ではかえって減額となる)、③女子の家事労働分を逸失利益において考慮すべきかどうかの問題、④そもそも収入を基礎として損害額を算定する現在の損害賠償法理そのものについての疑問(個人の尊厳や、人の価値が平等であるとの基本的理念からは、そもそも収入を基礎に「損害」を算定するのはおかしいのではないか、「損害」とは根本的には何かという問題)など、複雑な問題があり、今後とも判例の動向に注意が必要です。

以上

「運転管理」平成16年10月号より掲載。但し、表現が一部異なる部分があります。
TOPへ戻る