本文へ移動

お知らせ

月刊専門誌「運転管理」1月号(モビリティ文化出版(株))の『判例研究』を執筆しました(担当者:魚谷隆英弁護士)。
2005-01-10
月刊専門誌「運転管理」1月号『判例研究』(担当者:魚谷隆英弁護士)
今回は、夜間の高速道路で事故を起こした運転者が、大型貨物車の接近時に走行車線に飛び出してうつぶせ状態となったところ、大型貨物車に轢かれて死亡したという事案について、大型貨物車の運転手の過失が否定された裁判例(被害者の過失が100%とされた裁判例)を取り上げます(広島地裁平成13年7月27日判決。自動車保険ジャーナルNo.1428・15頁)。

(事故の概要)
事故の内容は、以下のようなものでした(以下「本件事故」といいます)。
●日時●平成10年9月6日午後10時05分ころ
●場所●広島県佐伯郡内高速道路上
●被害車両●A車(普通乗用自動車):運転者A
●加害車両●B車(大型貨物自動車):運転者B
●態様●
高速道路走行中のA車が、左前部を左側ガードレールに衝突させ、そのままハザードランプを点灯させることなく路肩に停止していたところ、後方から来たB車が本件事故現場約30mの地点に迫った地点で、Aが突如走行車線に飛び出し、そのまま道路上にうつぶせの状態となったため、B車が通過してAが轢かれた事故。

(被害者側の保護はどこまで重視されるか)
本誌2004.2月号で取り上げたように、わが国の裁判所では被害者保護の姿勢が顕著であり、単純に落ち度だけを比較すれば被害者側の落ち度が大きい場合でも被害者保護の見地から加害者に一定の責任を負わせる傾向が見受けられます。
このような現状では、車両運転手は歩行者など交通弱者の動向に十分に注意を払って運転をする必要がありますが、逆に、どの程度被害者の落ち度が大きければ、加害者の責任が軽減・免除されるのかについても関心が高いところです。本判決は正面からこの点について判断をし、また加害者の責任を全面的に否定した点で珍しい裁判例です。

(事故状況の詳細)
本件事故は夜間の高速道路上で発生していますが、その詳細は次の通りです。

(1)Aによる単独事故の発生(本件先行事故)
Aは、本件事故現場の約300m手前で、A車の左前部を進行方向左側ガードレールに衝突させ、本件事故現場付近の路肩で停止しましたが、その際、ハザードランプを点灯させることもなく、また助手席窓ガラスや助手席ドアが破損したほか、左前輪タイヤが脱落する事故を起こしました。このため、本件事故現場付近には、A車の窓ガラス破片が散乱し、また本件事故現場手前の路肩にはタイヤが落下している状況にありました。

(2)本件事故の発生
以上の状況の中、BはAと同方向の下り車線を時速約90kmで走行し、本件事故現場手前の落下タイヤには気がつきましたが、停止中のA車には本件事故現場の約73m手前まで気がつきませんでした。その後、B車は右寄りに進行し、Bは本件事故現場の約68m手前でAがA車の前方にいることに気づきました。BはそのままA車右側を進行しようとしましたが、B車が本件事故現場の約30m手前に迫った地点でAが走行車線に飛び出し、Bはハンドルを右に切って急ブレーキを掛けたものの、Aがセンターライン付近でうつぶせの状態になったために避けきれず、Aをはね飛ばした結果、Aは死亡しました。

(裁判所の判断)
原告(Aの遺族)は、Bに対し損害賠償を求めて訴えを提起しましたが、裁判所は、本件事故現場手前にはガラス片や脱落したタイヤが存在していた以上、Bとしても前方を注視した上、減速するなどの義務があったことを認めつつ、高速道路には本来歩行者がいることは想定されていないことを指摘して、次のようにBには過失がないと判断しました(注:以下「被告」とあるのはBを、「被告車両」とあるのはB車両を示します)。
「本件事故は夜間であり、A車両は、…ハザードランプ等を点灯しないで停止していたことからすると、被告がA車両を発見したのが本件事故現場手前約70mであったことも已むを得ない…。被告は、停止していたA車両発見後、前方を注視して進行し、同車両が路肩に入り走行車線にはみ出していなかったため、減速することなく、やや右方向に転把して走行車線右側を進行していたこと、被告車両が本件事故現場手前約30mの地点まで進行したとき、Aは、本件道路走行車線へ飛び出し、本件道路下り車線の中央線手前まで進行した上うつ伏せ状態になり、そこで、被告車両がAを轢過したことなどの諸事情を総合勘案するならば、被告は少なくとも停止していたA車両を発見した後は前方注視義務を尽くしていたと認められる…。(Bが)Aが本件道路下り車線の中央の線付近まで飛び出してくることまで予見することは困難であるから…、(Bが)本件事故を回避することは極めて困難であると認められ、本件事故について、被告に過失があるとまで認めることはできない。」

(本判決の意義-被害者保護との関係)
以上の本件事故の内容からすると、Aのとった行動は場合によっては自殺と評価される可能性もあり(ただし、裁判所はAの自殺か否かは不明だとしています。)、極めて危険な行為でした。本件高速道路の反対車線側には非常電話もなく、Aのとった行動は不自然ですが、このような不自然な行動をとった場合まで被害者を保護することはできないというのが裁判所の判断でしょう。逆にいえば、加害者の責任が完全に否定されるためには、被害者側のこのような不自然な行動が必要ということになり、被害者側に手厚い裁判所の判断を裏から感じさせる判断といえます。

以上

「運転管理」平成17年1月号より掲載。但し、表現が一部異なる部分があります。
TOPへ戻る