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お知らせ

月刊専門誌「運転管理」5月号(モビリティ文化出版(株))の『判例研究』を執筆しました(担当者:荘田耕司弁護士)。
2005-05-10
月刊専門誌「運転管理」5月号『判例研究』(担当者:荘田耕司弁護士)
今回は、市の中学校の教職員がマイカーを運転して自宅から中学校に通勤する途中に起こした事故につき、通勤のための自動車運転は中学校の業務と密接な関係があると評価することができるため、市の事業の執行について教職員が本件事故を発生させたとして、市の使用者責任を認めた事例を取り上げます(神戸地裁平成16年7月7日判決、自動車保険ジャーナル第1571号15頁)。

(事故の概要)

事故の内容は、以下のようなものでした。
●日時●平成13年2月16日午前7時28分ころ
●場所●兵庫県氷上郡
●被害者●X(16歳女子高生)
●加害者●B車(自家用貨物自動車):運転者B、同乗者C、同乗者D
●態様●Xが上記場所付近交差点の横断歩道を自転車で横断中、時速約60キロメートルで走行してきたY運転の通勤途中の乗用車に衝突され、Xは脳挫傷等の傷害を負い、一級三号の重度意識障害が残りました。
そのため、XはY、市等を被告として損害賠償の訴えを提起しました。

(裁判所の判断)
まず、裁判所は、前提となる事実として、Yは平成7年からB中学に勤務しているが、そのころからB中学に勤務する教諭は全員自動車通勤をしており、平成12年度においてB中学の教職員26名は全員自動車通勤であったこと、B中学の教職員が通勤に使用している自動車はB中学の敷地内にある校舎の北側空き地に駐車されていたこと、Yは平成12年9月ころから自宅からB中学まで自動車通勤をしているが、片道約40.5キロメートルで、平均約55分かかること、Yの場合、鉄道及びバスを利用した通勤方法を採るとすると、片道3時間以上かかることを認めました。

その上で、裁判所は本件事故の発生について市が使用者責任を負うかどうかにつき、「B中学は、通勤に公共交通機関を利用することが困難な地理的状況にあることが推認され、自動車通勤を認めなければ教職員を確保することができず、学校運営に支障を来たすおそれがあったということができる。そうすると、B中学の運営に教職員の自動車通勤は必要不可欠のものであって、通勤のための自動車運転はB中学の業務と密接な関係がある行為であると評価することができるから、市の事業の執行について被告が本件事故を発生させたということになり、市は本件事故の発生について民法715条に基づく使用者責任を負うといわざるを得ない」と判示して、市の使用者責任を認めました。

(本判決の意義)
一般的に、会社の従業員が業務上起こした交通事故については、会社は民法第715条の「使用者責任」を問われる可能性があります。

民法715条1項は、ある事業のために他人を使用する者は被用者がその事業の執行に付き第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと規定しています。そして、この「事業の執行に付き」とは、会社の業務中の事故であると評価された場合にはこれに該当すると解されており、裁判例では被害者保護の観点からこの点につき広く認められる傾向にあります。

マイカー通勤途中の事故の場合には、会社の車ではないこと及び業務時間外の事故であることからして、会社の業務中の事故でないと評価されるようにも思われます。

しかしながら、マイカー通勤途中の事故であっても、マイカーを通勤のためだけでなく会社の業務にも併用している場合や、会社がマイカー通勤を容認している場合には、会社の業務中の事故であるとして、会社の使用者責任が認められる可能性があります。

例えば、会社が従業員に対しマイカー通勤を命じていること、会社が従業員のマイカーのガソリン代や保険料を負担していること、通勤距離相当の通勤手当を支給していること等の事情については、会社の業務中の事故であると評価される方向に働く要素となりうるといえます。

本判決は、B中学の運営に教職員の自動車通勤は必要不可欠のものである点を重視して、通勤のための自動車運転はB中学の業務と密接な関係があると理論付けて業務中の事故と判断したものですが、B中学の教職員26名が通勤に使用している自動車がB中学の敷地内に駐車されていたことも本件が業務中の事故であると判断されたことに一定の影響を与えたものと思われます。

会社が従業員のマイカー通勤途中の事故について一切責任を問われないようにするためには、従業員のマイカーを会社の業務に一切使用させないことのみならず、公共交通機関と同等の通勤手当しか支給しないこと、従業員用の駐車場を用意しないこと等の措置をとり、会社が従業員のマイカー通勤により利益を得ていると評価されうる関係を断ち切る必要があるといえます。

以上

「運転管理」平成17年5月号より掲載。但し、表現が一部異なる部分があります。
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