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お知らせ

月刊専門誌「運転管理」7月号(モビリティ文化出版(株))の『判例研究』を執筆しました(担当者:魚谷隆英弁護士)。
2005-07-10
月刊専門誌「運転管理」7月号『判例研究』(担当者:魚谷隆英弁護士)
今回は、時差式信号機が設置されていた交差点に信号が全赤になったと思いこんで右折進入した際、(実際は対向車線側の信号は赤になっておらず)対向車線を直進してきた車両に衝突して相手方運転手を死亡させた事案を取り上げます(最高裁判所平成16年7月13日決定・判時1877号152頁、東京高等裁判所平成11年12月27日判決・判時1702号164頁)。

(事故の概要)
事故の内容は、以下のようなものでした(以下「本件事故」といいます)。
●日時●平成8年10月9日午後9時30分ころ
●場所●神奈川県横須賀市内交差点(当該交差点では時差式信号機が設置されていたものの、「時差式」であるとの表示はなされていなかった。以下「本件交差点」といいます)
●被害車両●A車(普通自動二輪車):運転者A
●加害車両●B車(普通乗用自動車):運転者B
●態様●B車が本件交差点に差し掛かった際、停止線の約26.6m手前付近で対面信号が黄色に変わったものの、そのまま右折しようとして交差点に進入したところ、信号が赤色に変わったこととA車両が約54.3m前方を走行してくることは確認したが、Bは、対面信号が赤色に変わった以上、対向車側の信号も赤色だと判断して(実際には時差式信号のためA車側は青色だった)、そのまま右折進行した結果、B車とA車が衝突し、Aが肺挫傷等の傷害を負って死亡した。

(一審は無過失の判断)
本件について、Bは検察官から業務上過失致死罪として起訴されました。検察官の主張は、おおよそ、「本件事故の際、Bは交差点の入口付近で、信号が全赤に変わるのに気付くと同時に前方を対向して進行してくるA車を認めたのであるから、A車の動静を注視し、A車が明らかに減速し、あるいはA車及びAの挙動から右折車に進路を譲る旨の意思表示があったと認められる場合等を除いては、A車が直進するために交差点に進入してくることを予見し、その安全を確認すべきだったにもかかわらず」右折した過失があるというものでした。
これに対して、第一審判決は、以上の事実関係の下では被告人であるBには過失がなく、無罪だと判断しました。なぜなら、(Bの認識が)本件のような全赤信号の場合には、この全赤信号は、交差点に滞留している右折車両等が次の信号の現示が始まるまでに交差点を出ることができるようにするためのもの(これを「クリアランス時間」といいます)であり、検察官が主張している上記のような「原則」(直進優先)と「例外」(直進車が道を譲ってくれた場合)は、本件では逆にして考えるべきだからだ、と判断したのです。この判断は、全赤信号の場合には対向車も信号に従って停止するだろうと信頼して右折進行してよいと判断したものといえます。

(控訴審は逆転有罪の判断)
これに対して、検察官が控訴し、控訴審判決は一審判決を覆して、次のようにBを有罪としました(禁固1年、執行猶予2年)。

「(全赤の)クリアランス時間は、直進車であれ、右左折車であれ、交差点内外にある車両等を安全に交差点外に停止ないし排出するためのものであるから、右折するに当たっては、やはり対向直進車や右折方向の交通の安全を確認しなければならないはずである。対向直進車にのみ赤色信号の遵守を求める(第一審の判決等は)一面的に過ぎる」。本件事案の下でも「右折車運転者としても、対向直進車等の動静を注視する等、自動車運転者としての基本的注意義務を尽くす必要はやはりある」のであって、「被告人(注:B)がA車の動静に注意を払いさえすれば、その位置や、速度から見てA車が本件交差点に進入してくることを予見することは十分可能であるし、制動等の避譲行為をとることにより事故を回避することができたことも明らかなのである」。

その他、控訴審判決は、時差式信号であることの表示がなされていた方が望ましいとはいえても、本件事故を「時差式信号のせいにするのはやはりおかしい」と判断しています。

(最高裁判所の判断)
以上の控訴審での判断に対して、Bが上告しましたが、最高裁判所は次のとおり判断して、控訴審を支持しました。

「自動車運転車が、本件のような交差点を右折進行するにあたり、自己の対面する信号機の表示を根拠として、対向車両の対面信号の表示を判断し、それに基づき対向車両の運転者がこれに従って運転すると信頼することは許されない」。

(本判決の意義-何を信頼して運転すべきか)

第一審は、時差式信号機のある交差点において、右折車両の運転者が主として信号機の表示を信頼して運転していれば、直進車の状況は例外的に考慮されるに過ぎないと判断したものといえますが、控訴審や最高裁では、右折車両の運転者が信頼・注意すべきは「信号機の色」に限られるものではなく、信号のない交差点同様に、直進車の動静など他の事情にも注意を払うべき義務があることを示したものです。本件事故の状況は珍しいものといえますが、このような状況下でも、車両運転者は信号の色だけでなく、道路状況や他の車両の動向にも注意を払うべきだという当たり前のことを、最高裁判所が判断している点で重要な事案と考えられます。

以上

「運転管理」平成17年7月号より掲載。但し、表現が一部異なる部分があります。
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