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そもそもニッポン放送と同時に上場したのが誤りだ
インターネット関連会社ライブドアとフジテレビジョンが、ニッポン放送の支配権をめぐって争っている。

この事件は二月八日、東京証券取引所の通常取引が始まる前の時間外取引で、ライブドアがニッポン放送株の二九・六%を取得したことに端を発する。

ニッポン放送は、フジテレビジョン株の二二・五%をもつ筆頭株主であり、フジテレビは産経新聞社や扶桑社の筆頭株主である。同日、ライブドアの堀江貴文社長は記者会見で、フジサンケイグループに業務提携を申し入れる意思を明らかにしたが、フジサンケイ側はこれを拒否、以来、周知のように両者は完全な対立関係にある。

この争いは、日本国内では珍しい敵対的M&A(企業買収)のケースである。二○○六年に予定されている改正会社法施行を控えて、今後、われわれがM&Aそのものを考える際の好材料となる。以下、この事件の経過と今後の展望、さらには日本企業のM&A対策について、考察を加えてみたい。

「時間外取引」は違法?

この事件当初に話題になったのが、ライブドアが時間外取引(取引時間外に行なわれる市場内取引の総称)で株を取得したことの是非である。フジサンケイグループ側は、「TOB(株式公開買い付け)規制違反ではないか」との疑問を呈したが、この言い分には少し無理がある。

東京証券取引所における取引時間外の株売買は、これまでも自社株買いの際などに行なわれてきた。「今後は規制すべき」という議論はありうるだろうが、過去に遡ってまで適用すべきではない。

ただ、ニッポン放送株取得のやり方として「ライブドアのやり方がベストだったか」という疑問は残る。仮に全株式の三分の一未満(たとえば三○%)に達するまでの株式を時間外取引で取得し、残りをTOBで取得しようとしたとする。

ライブドアが敵対的M&Aを開始した時点で、ニッポン放送株は急騰し、フジテレビが示したTOB価格(一株五九五○円)を上回った。

そこでライブドアがフジテレビよりはるかに高い金額(たとえば一株七○○○円)でのTOBを提案し、TOB合戦に持ち込んでいれば、ライブドアのTOBに応じようとする株主も出てきただろうし、フジテレビ側もTOB価格を引き上げざるをえなかったのではないか。

TOB合戦という正攻法を選ばずに、時間外取引+市場での買い進みという、いわば「奇襲戦法」をとったため、どこかマネーゲーム的な印象(ライブドアは、高値での株売り付けをめざすいわば「グリーンメイラー」ではないか……)を与え、世論に正当性をアピールできなかった。

そもそもライブドアの名が一躍知られたのは、二○○四年、近鉄バファローズの買収に名乗りを上げたときである。買収自体はうまくいかなかったが、十分な話題を提供し、「既成勢力に立ち向かった」と英雄視すらされた。今回、フジテレビより高い金額でTOBを正面から行なえば、「価格の安いフジテレビのTOBに応じるのはおかしい」といった議論を喚起できたのではないだろうか。

また、TOBは、集まった株が目標数に達しない場合、株の買い取り自体が取り消される。経営権の取得をめざすのであれば、目標を五○%として、それに達しない場合、応募した株の買い取りに応じる必要はなくなる。そうすれば、たとえ買収が成功しなくても、リスクは最小限に留めることができたはずである。

一方のフジテレビも、ライブドアの敵対的M&Aにうまく対処していたとはいえない。三月八日、フジテレビはニッポン放送の発行済み株式総数のうち、三六・四七%をTOBで取得したと発表した。三分の一を確保したことで、フジテレビは単独で株主総会における特別決議を否決できる権利を得た。だが、じつはこのことに大きな意味はない。ニッポン放送の取締役は、今年六月末に行なわれる株主総会で全員が退任する(せめて半分ずつ任期の分散化を図っていれば別であったので、この点でも企業防衛策として手抜かりがあったと指摘されても仕方がない)。ライブドアとしては、三分の二の絶対多数で、いまの取締役の任期途中での解任を決議する必要はないのである。

六月末の株主総会で議決権を得るためには、株式の過半数を制するのが最も得策だ。当初はフジテレビも取得目標を五○%超としていた。しかし二月十日、フジテレビは目標値を二五%に下げてしまった。三六%という数字は、当初の目標にまったく届いていなかったのである。

裁判所の判断は妥当

今回興味深かったのは、ニッポン放送がフジテレビに発行しようとした新株予約権(一定の価格で株式を購入できる権利)に対する裁判所の判断である。最大で四七二○万株を新たにフジテレビに与え、ライブドアの株式保有比率を低める作戦だったが、ライブドアは二月二十四日、差し止めを求める仮処分申請を、東京地方裁判所に行なった。

このケースでの新株予約権の発行は、明らかに現経営陣の支配権を維持するためであり、商法上看過できない。ただし今回は、企業グループ全体の価値を保ついわば「緊急避難」として、ニッポン放送の主張が認められる可能性があった。

ニッポン放送が行なう最大の事業は、じつは音楽・映像ソフトを手掛けるポニーキャニオンである(従業員はニッポン放送の倍近い四○○人)。ポニーキャニオンは、資本的にはニッポン放送の子会社だが、『踊る大捜査線』ムービーのDVDを出したり、「月九ドラマ(フジテレビが月曜夜九時から放映している看板ドラマ)」主題歌などの音楽著作権をもっている。事業的にはフジテレビのコンテンツに依存しているといえる。ニッポン放送の事業のかなりの部分をポニーキャニオンが占めるなかで、フジテレビと対決するのが危機的状況だという理由は、分からなくはない。

しかし結局、東京地裁の鹿子木康裁判長は三月十一日、ライブドアの申請を認め、新株予約権発行差し止めの仮処分決定を下した。
「会社支配権の争奪は不適任な経営者を排除し、合理的な企業経営を可能とするという側面も有しており、一概に否定されるべきではないところ、公開会社において現にその支配権につき争いが具体化した段階において、取締役が現に支配権を争う特定の株主の持ち株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持することを主要な目的として新株発行を行なうことは、会社の執行機関に過ぎない取締役が会社支配権の帰属を自ら決定するものであって原則として許されず」
「本件新株予約権の発行は、現経営陣と同様にフジサンケイグループに属する経営陣による支配権の維持を目的とするものであり、なお現経営陣の支配権を維持することを目的とするものというべきである」
とし、著しく不公正な発行に当たるというのがその理由である。

ニッポン放送はこれを不服として、同日に保全異議を申し立てたが、東京地裁(西岡清一郎裁判長)は同月十六日、これを【斥/しりぞ】ける決定をし、さらに東京高裁(鬼頭季郎裁判長)も同月二十三日、これに対する保全抗告を却下した。これは至極真っ当で、常識的な判断だといわざるをえない。ニッポン放送による新株予約権の発行は、一○○メートル走の最中、突然走る距離を一四四メートル追加して「増えた一四四メートルはフジテレビしか走れません」というようなものだ。フジテレビの勝ちが明白で、とても公平な競争とはいえない。

また、過去に行なわれた新株予約権の発行は、たとえ大義名分であれ「工場新設のため」「資金調達のため」などの理由があった。企業防衛や経営権の維持のみが目的という例は、皆無である。

その意味で、新株予約権発行の是非が、防衛目的で使われる際には合法かというラインが、この決定ではっきりした。現経営陣の経営権を守るための新株予約権発行は「違法」なのである

ライブドアは完全勝利できるか

この決定後に焦点となったのは、株主名簿が確定する三月二十五日までに、ライブドアがニッポン放送株の過半数を集められるかどうかだった。

三月十六日、ライブドアのもつニッポン放送株が、議決権ベースで五○%を超えた。しかしそれでも、これをもってライブドアの完全勝利とはいえない。六月末の株主総会までニッポン放送は現経営陣の経営下にあり、この期間に彼らは「焦土作戦」(ナポレオンがロシアに侵攻した際ロシア側がとったディフェンスに由来)を実施する可能性がある(三月十四日フジサンケイグループは、焦土作戦の検討を正式表明)。つまり、撤退しながら優良事業や資産(いわゆるクラウンジュエル=王冠の宝石)を処分してしまうのである。

すなわち、ニッポン放送のなかで資産価値の高いポニーキャニオン株やフジテレビ株を第三者の手に委ねる。実際三月二十四日、ニッポン放送はソフトバンク・インベストメント(SBI)に対してフジテレビ株を五年間貸与すると発表し、ポニーキャニオン株をSBIの運営にかかる共同ファンドに移すことを検討中としている。こうしてニッポン放送保有の株式をほかに移してしまえば、ニッポン放送への支配はポニーキャニオンやフジテレビには及ばない。

人材面でも、たとえばニッポン放送に勤める優秀なディレクターたちが、ライブドアの支配を嫌ってフジテレビなどに移る可能性がないとはいえない。

その場合、ニッポン放送は「箱とお金」が残るだけの会社になりかねない。ライブドアはニッポン放送の「現経営陣に焦土作戦を実施させず」「人材を流出させない」という条件を揃えないかぎり、ニッポン放送株の取得が成功裏に終わったとはいえない。ただし、焦土作戦が実行され、人材流出が起こったとしても、相当の現金がニッポン放送内には残る。この金をテコに、ほかの企業買収を進めるのが、案外ライブドアの狙いなのかもしれない。

今後の展開について一つだけはっきりしているのは、ニッポン放送の上場廃止がスケジュールに上ることである。二月末の段階で、両者が取得したニッポン放送株を合わせると、約八○%になる。東証の現行基準では、大株主上位一○社の取得株の合計が八○%を超えれば、一年の猶予期間を経て上場が廃止される。九○%を超えれば即上場廃止が決まる。

このとき、勝った側に痛手は少ない。過半数をもっているなら、むしろ上場しないほうが楽である。しかし敗者にとって、持ち株を処分できる機会の激減を意味し、大きすぎる痛手となる。ここでライブドアの救いは、自社株で資金を調達していることである。取得費用を調達するため、ライブドアは転換社債型新株予約権付き社債をリーマン・ブラザーズに対して発行している。損をしても自分の株式が増えるだけだから、上場廃止の時点で敗者となっても、致命的な事態にはならなくて済むという計算だったのかもしれない。

つまり、ライブドアにとって今回のM&A工作は、「勝てば少ない資金で大メディアグループを影響下に収めることができ、仮に負けても致命傷は負わなくて済む」というローリスク・ハイリターンの賭けだったのではないだろうか。

それはライブドアが、TOBでなく、時間外取引で株式を集めたことからも推測できる。ライブドアは、株式買い占めに焦ったフジテレビが、TOB価格を市場価格より高く釣り上げることを期待したのではないか。その時点で集めた株式をフジテレビに売り、利鞘を稼ぐつもりだったのかもしれない。

だからこそライブドアは株の価格だけが気になり、事業や人への視点を欠いてしまったのだと思われる。間違っても「ニッポン放送は解散しても解散価値がある」などという発言はすべきでなかっただろう。国民のほとんどは、こうした堀江氏の言動で、ライブドアの目的がたんなるマネーゲームだと感じてしまった。株集めと併行して、いかに社員の心を集めるかということがM&Aではきわめて大事であるが、ライブドアがそれを重視していないかのように見えてしまったことは不幸なことである。
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月刊誌「Voice」平成17年5月号(株式会社PHP研究所)より掲載。
但し、表現が一部異なる部分があります。
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